木材学会会員への意見募集でいただいた意見とそれへの対応の記録

木材解剖学用語集案



会員対応12

周囲仮道管、集合放射組織、柔細胞、柔細胞ストランド、柔組織ストランド、修飾構造、周皮、じゅず状末端壁、樹皮(柔組織、柔組織の出現タイプは後日まとめて) ーーーー 周囲仮道管 <意見> 道管の周囲に存在する短い不規則な形の仮道管で、軸方向の定まった連なりをなさない。 ↓ 穿孔を持たない管状通水要素で、隣接する道管との間に壁孔縁の明瞭な有縁壁孔を多く持つ。道管の周囲に存在し、基本組織の木部繊維とは異なり、不規則な形状をしていることが多い。 ・「軸方向の定まった連なりをなさない」は記述の意図が不明 ・広葉樹材の識別では、「穿孔のない細胞で、放射壁および接線壁に壁孔縁の明瞭な有縁壁孔を多く持つ。道管の周囲に存在し、基本組織の木部繊維とは異なり、(常にではないが)不規則な形状をしていることが多い。」と定義と注釈を別記している。 <対応案> ・「管状通水要素」は採用しない。「基本組織」は定義が不明瞭な上に本用語集では採用しない用語なので採用しない。 ・穿孔がないことと有縁壁孔があることは「仮道管」の定義なので、ここで定義の必要がない ・意見を一部採用し、以下のように提案する。「やや特殊化」をつけて2文目でその内容を記述することで道管の周囲にある繊維状仮道管などと区別することとする。不規則形状や短いことは「常ではない」(広葉樹材の識別のとおり)ので2文目はそのように記述。 道管の周囲に存在するやや特殊化した仮道管。多数の有縁壁孔を持ち、長さが短く不規則な形状をしていることが多い。 ーーーー 集合放射組織 <意見> 小型で幅の狭い放射組織の集まりで、肉眼あるいは低倍率のもとでは単一の大きな放射組織のように見えるもの。 ↓ 多数の放射組織が相互に密集し、個々の放射組織は道管以外の軸方向要素により隔てられている放射組織の集合。肉眼では単一の大きい放射組織のように見える。 ・道管以外の軸方向要素により隔てられているは従来の定義には記述されていませんでしたが、これを定義とした方が良いと考えています。「肉眼では単一の大きい放射組織のように見える」は定義としてはやや曖昧で、注釈としての記述で十分です。 ・広葉樹材の識別では、「コメント:集合放射組織を構成するここの放射組織の大きさは様々である。樹種によっては、集合放射組織が幅の狭い放射組織によって構成されているものもあれば(Figs.112&113、例:Carpinus spp. クマシデ属、Betulaceae Trib. Coryleae カバノキ科ーハシバミ連)、幅の広い放射組織によって構成されているもの(Figs. 114&115、例:Emmotum orbiculatum-lcacinaceaeクロタキカズラ科)。(訳註)Multiingual Grossary of Terms Used in Wood Anatomy(1964)では、「集合放射組織は小さくて幅の狭い放射組織で構成される」と定義されている。しかし、「IAWA List」では、ここでの記述特徴103の定義におけるQuercus spp.コナラ属(Fagaceaeブナ科)の例示、および特徴103でのコメントで明確に記述されているように、Quercus-typeの複合放射組織は集合放射組織(特徴101)として分類されている。)」と記述しています。 <対応案> 意見を一部採用するが、現行用語集や広葉樹材の識別の定義「個々の放射組織が多数互いに密集し、肉眼では単一の大きい放射組織のように見える放射組織。軸方向要素により隔てられている。」が基本的には現行用語集と似た定義になっていることも考慮し、以下を提案 個々の放射組織が多数密集して肉眼では単一の大きな放射組織のように見える放射組織。個々の放射組織は道管要素以外の軸方向要素により隔てられている。 ーーーー 柔細胞 <意見> 通常は薄壁でかつ単壁孔をもつ、顕著に特殊化していない細胞。サイズ、形態、細胞壁構造などの変異に富む。 ↓ 通常は薄壁で煉瓦状または等径的な形を典型とし、かつ単壁孔を持つ細胞。木部では紡錘形始原細胞から派生する軸方向柔組織および放射組織始原細胞から派生する放射柔細胞が基本的な柔細胞であり、それぞれが軸方向柔組織および放射組織を構成する。サイズ、形態、細胞壁構造などの変異に富む。 ・「顕著に特殊化していない」は、「結晶細胞」の注にある「放射柔細胞及び軸方向柔細胞が結晶となる場合が多い」の記述と矛盾しているように思えます。 ・現行用語集では、「柔組織」が「煉瓦状または等径的な形を典型とし、かつ単壁孔をもつ細胞からなる組織:材においては(a)紡錘形始原細胞から生じた娘細胞が後に水平に分裂して生ずる(軸方向柔細胞)かあるいは(b)放射組織始原細胞から生ずる(放射柔細胞)。」と定義・注釈されています。IAWA hardwood listでは「柔細胞」も「柔組織」も定義されていません。従って、ここで「柔細胞」を主な見出し語とする場合には、現行用語集における「柔組織」の定義を書き換えるのが適切である。 <対応案> ・結晶細胞の注とは特に矛盾はしないと考える ・意見の2文目は注釈としても不要と判断->教科書等での議論にゆずる ・他の用語と同様、必ずしも現行用語集や広葉樹材の識別にとらわれず、必要に応じて定義を変更することとし、柔細胞の場合は変更することとしたものである。 ・「煉瓦状または等径的な」「typically brick-shaped or isodiametric」という表現は、本来はおそらくみる方向(あるいは観察断面)と併記すべきと考えられ、軸方向柔細胞と放射柔細胞では異なる表現とすべきである。これらを「柔細胞」の項で記述する必要は必ずしもないと考えられる。 ・軸方向柔細胞と放射組織柔細胞の起源についてはそれぞれの項で記述されており、「柔細胞」の項で記述する必要はないと判断した。 よって、修正しない ーーーー 柔細胞ストランド 柔組織ストランド <意見> ・「parenchyma strand」を「柔細胞ストランド」と訳すのは明らかな誤訳なので、現行用語集では誤訳であったとの注釈にとどめるべきです。 ・柔組織ストランドの同義語としての柔細胞ストランドの削除 ・日本語では「二つ以上」で「二つまたはそれ以上」と全く同じ意味を持ちます。ここでは英語表現にこだわる必要はありません。ちなみに、Google翻訳では「two or more」を「2つ以上」と翻訳しました。 ・柔組織ストランド 二つまたはそれ以上の柔細胞が軸方向に連なったもので、この連なりは単一の紡錘形始原細胞から由来する ↓ 二つ以上の柔細胞が軸方向に連なって、全体として1個の紡錘形細胞のような外形を呈する柔組織。この連なりは単一の紡錘形始原細胞から由来する。注: 柔細胞ストランドとの訳語が与えられていたが、誤訳と考えられるため、この用語の使用を推奨しない。 <対応案> ・「二つ以上」採用 ・柔細胞ストランドは教科書等にも記述がある用語なので、「誤訳」とせず(おそらくなんらかの意図からこのようにしたと考えられる)、同義語とする。 ・意見を参考にさらに修文 よって、 柔組織ストランド 二つ以上の柔細胞が軸方向に連なって、全体として紡錘形の1個の細胞のような外形を呈する柔組織。単一の紡錘形始原細胞から由来し、水平面分裂により生じた柔細胞により柔細胞ストランドが形成される。 ーーーー 修飾構造 <意見> 仮道管その他の木部繊維および道管要素のらせん肥厚やいぼ状層 (いぼ状構造) について適用される用語。 ↓ 壁孔、穿孔、らせん肥厚、いぼ状層 (いぼ状構造) 等、細胞壁の一部あるいはすべて欠如している部分や、逆に細胞壁が付加的に不均一に肥厚している部分を一括して呼ぶ便宜的な用語 ・大谷1986(木材細胞の修飾構造 電子顕微鏡20-3 161-165)には「細胞壁の一部あるいはすべてが欠如している部分や、逆に細胞壁が付加的に不均一に肥厚している部分が存在するからである。このような部分は正常な細胞壁の特徴的な構造であり、ここではそれらを一括して便宜上修飾構造と呼ぶ。壁孔、せん孔、らせん肥厚、いぼ状層などである。」と記述されています。「壁孔」が修飾構造の例示の最初に示されているように、柔細胞壁も修飾構造が持つことは明らかです。「らせん肥厚」は、広葉樹材の識別で「非常に稀であるが軸方向柔細胞でも認められる」と注釈されています。他には適切な文献を私は知りませんので、この文献を基礎として活用するのが適切だと考えます。 <対応案> ・意見のとおり、壁孔、穿孔などは定義に含めるべき ・意見のとおり、柔細胞にも壁孔やらせん肥厚が存在することから、木部繊維と道管要素の限定を削除 ・意見のとおり、便宜的な用語とすることは妥当だが、下記提案のようにすれば「便宜的」との記述は不要 ・意見とは多少異なるが、穿孔のようになにもない部分(細胞壁の欠落)は「構造」として記述できないため、穿孔板を取り上げることとする。 ・意見にはないが、用語集改定案で見出し語とする、ベスチャーも含めるべきであろう ・用語集改定案では「いぼ状突起」を採用している ・木材学会誌の総説(大谷 1994 木材細胞壁の修飾構造 木材誌40 1275-1283)では、「...とくに正常な構造としてつくられた形態上特異な領域にみることができる。これらの領域は、細胞壁の二次壁においてギャップの形を呈する壁孔、細胞相互間に開口しているせん孔、壁内表面の部分的な隆起部であるらせん肥厚やいぼ状突起などであり、これらを一括して細胞壁の修飾構造と呼ぶ。」 以上を踏まえ、以下を提案する 壁孔、穿孔板、らせん肥厚、いぼ状突起、ベスチャー等、細胞壁が局所的に欠落あるいは隆起して特異な形態を示す構造の総称。 ーーーー 周皮 <意見> 現行用語集: 表皮に代って古い茎および根の不透水性の外被をなす層で、コルク組織、コルク形成層およびコルク皮層からなる。 樹皮の識別: 幹や根、まれにその他の器官の表皮に代わる二次的な保護組織。コルク組織、コルク形成層およびコルク皮層からなる。 改定案: 幹や根、まれにその他の器官の表皮に代わる二次的な保護組織。コルク組織、コルク形成層およびコルク皮層からなる。 ↓ 意見: コルク組織、コルク形成層およびコルク皮層からなる。幹や根、まれにその他の器官の表皮に代わる二次的な保護組織。 ・「...保護組織」は木材解剖学的な定義とはならないので注釈とすべき <対応案> ・上の中でもっとも適切だと考えられる、樹皮の識別および改定案を採用。修正しない。 ーーーー じゅず状末端壁 <意見> じゅず->数珠 漢字表記の方が意味を理解しやすいので数珠状が好ましい <対応案> 用語集委員会ですでに議論したとおり、ひらがなを採用 ーーーー 樹皮 <意見> 木部円柱体の外側の全組織を包括する非専門語。成木では普通、内樹皮(生活組織)および外樹皮(主に死滅組織)に分けられる。(一部省略) ↓ 樹幹、根および枝の形成層より外側の全組織を包括する非専門語。.... ・「木部円柱体」は定義も説明もなく、一般的な表現ではない。 ・外樹皮に生細胞が存在するのか <対応案> ・木部円柱体については意見に賛同 ・外樹皮=リチドームとし、リチドームをもっとも内側の周皮より外側とすると、通常リチドームの内側境界より外側に少なくともコルク形成層はある。すなわち、外樹皮にも生細胞が存在する。 ・改定案=現行用語集であるが、樹皮の識別での定義は「維管束形成層の外側にあるすべての組織」である。IAWA bark listと樹皮の識別での「bark 樹皮」の定義により、樹皮は専門語となったともいうことができる。また、樹皮の識別の定義は妥当であり、維管束形成層ではなく改定案で採用している「形成層」をもちいて、以下のようにすることを提案する。 形成層の外側にあるすべての組織。成木では普通、内樹皮 (inner bark、生活組織) (参照: しぶ 篩部) および外樹皮 (outer bark、主に死滅組織) (参照: りちどーむ リチドーム) に分けられる。 ーーーー 20230704 佐野雄三 「集合放射組織」対応案の冒頭の「個々の」は要らないのではないかと思いました。 これに代えてもし何か入れるとしたら、「小〜中の」くらいでしょうか。 ーーーー 20230711 事務局 前回の集合放射組織について、佐野先生からご意見をいただきましたが、他にないようなので、次のように再提案します。 集合放射組織 小型の放射組織が多数密集して肉眼では単一の大きな放射組織のように見える放射組織。個々の放射組織は道管要素以外の軸方向要素により隔てられている。 「小型ないしは中型の」あるいは「多様な大きさの」などとすることも考えましたが、中型ってなに?という疑問や、ほぼ均一な大きさの放射組織が集合している場合もあるため、上のように工夫してみました。集合放射組織に比べるとそれを構成している個々の放射組織はすべて小型です。 ーーーーーー